COFFEE BREAK

世界のコーヒー

世界のコーヒー-World-

2022.09.29

よりナチュラルに多様化する、パリのカフェ。

主要輸入国として世界第4位のコーヒー消費量を誇り、国民一人当たり1年に5.18kgのコーヒーを飲むフランス。総輸入量は年間754万袋・再輸出量は190万袋で、過去5年間その量が増加し続けている、一大コーヒー消費国です。マーケティング調査会社IFOPによる国内のコーヒー消費動向調査(2018年)では、回答者の7割近くが朝食にコーヒーを飲むと答えています。その首都パリのカフェというと、小さなテーブルが所狭しと並ぶ間をギャルソンが闊歩し、苦味の立ったエスプレッソのカップが行き交う......というのが伝統的。ですが、この15年でシングルオリジン志向の独立系焙煎士やサードウェーブ系コーヒーショップが隆盛し、時代性を反映した多様なカフェが増えています。2022年のニューオープンで目を引くのは、環境や健康面でのナチュラル志向に応えるお店づくり。その傾向を象徴する2店をご紹介します。奇しくも両者とも、店名に「グリーン」を掲げています。

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自然光が優しく差し込む、「カフェ・ラ・リュヌ・ヴェルト」の窓際の席。

老舗百貨店が提案する植物カフェ「ル・カフェ・ヴェール」

 パリの中心地・オペラ座にほど近いプランタン百貨店は、19世紀半ばからカルチャーとモードの最先端を発信してきたトレンドスポット。2022年春、地元パリジャンのライフスタイルや現代の感性をより反映したリブランディングの一環としてオープンしたのが「ル・カフェ・ヴェール」だ。"緑のカフェ"の名のままに、パリで人気のフラワーショップ「kaki」とのコラボレーションで、首都のど真ん中に緑あふれる一角を演出した。

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カフェスペースに隣接する、観葉植物やテラリウムの物販スペース。©RomainRicard2022/Printemps

 インテリアは木材をメインに作られ、商品として販売もされる200個余りの鉢植えやテラリウムが並ぶ。フードメニューは野菜を多用したヘルシーさに重点を置き、定番のサラダには昨今注目の素材、蕎麦を使った一品も。コーヒーはパリジャンに高い人気を誇る「ベルヴィル焙煎所」と提携してフレッシュな焙煎豆を扱い、ラテやカプチーノなど8種類のドリンクをバリスタがサービスする。オプションでオーツ麦やアーモンドの植物性ミルクを選べるようにするなど、ベジタリアンにも対応可能だ。

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左:ランチメニューは12時から18時までと長めに提供。野菜が豊富で食べ応えのあるサラダ(12ユーロ)は3種類。

右:ドリンクとパティスリーは10時から20時まで中断なしでサービスする。©RomainRicard2022/Printemps

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ナチュラルカラーでほっと落ち着く雰囲気の内装に。色や形違いの椅子が並ぶさまもチャーミングだ。©RomainRicard2022/Printemps

 広々と居心地の良い空間で、緑に囲まれながら、本格的なコーヒーとヘルシーメニューを楽しめる。コロナ禍以降、ローカル意識と健康志向を高めたパリジャンのニーズをきっちり捉え、近隣のビジネス客の常連も多い。老舗百貨店の飲食スペースというカテゴリーを超え、今求められる街なかのカフェの好例と言えるだろう。

<カフェ情報>
Le Café Vert
2, rue du Havre 75009 Paris, France
■ https://www.printemps.com/fr/fr/edito-magasins-cafe-vert

テーブルに砂糖なし。豆本来の甘みで勝負する自家焙煎バリスタの店「カフェ・ラ・リュヌ・ヴェルト」

 建築家やデザイン関係者が多く、それに呼応するように進取の気風に富んだ独立系カフェが点在するパリ右岸の10区・11区。その一角に今年7月にオープンした「カフェ・ラ・リュヌ・ヴェルト」(緑の月、という意味のフランス語)は、オープン直後からその独特のポリシーで注目を集めている店だ。
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6kgサイズの焙煎機が窓際にどんと鎮座。早朝には芳しいロースト香でお客を迎える。

「店名の緑は生豆の色から取りました。体に優しく、ナチュラルでプレーンな、豆本来のおいしさを大切にしています」

 店主のジェファン・リーさんの語る言葉は簡素だが、その実践は細部まで徹底していて興味深い。最も象徴的なのは「砂糖を置かない、入荷もしない」ことだろう。エスプレッソには砂糖をセットで提供するのがパリのカフェの常識だが、ジェファンさんは店自体に置かない選択をした。適正に焙煎して淹れたコーヒーには自然の甘さがあり、砂糖はそれを打ち消してしまうからだ。

 その「自然の甘さ」を感じるには酸味と苦味のコントロールが重要で、コーヒー仕事の一から十まで、最適の形を選びぬく必要がある。抽出にはバリスタの自由度が高いイタリア製のエスプレッソマシンを採用。日々の調整や力加減が難しいモデルのため、プロのバリスタがいる店でも選ぶ人は少なく、現時点ではパリではこの店でしか使われていないそうだ。「どうしてもそのモデルで淹れたかったので、イタリアのメーカー主催のコーヒー・アカデミーにも通いました」(ジェファンさん)

 焙煎はオランダ製の焙煎機の6kg釜で少量ずつ、毎日早朝から店内で行う。7時半のオープン時に、朝のお客さんを焙煎の香りで迎えるための工夫でもある。豆はエチオピアやケニア、パナマなど繊細な酸味を持つ生豆を好むが、それも状態によって種類や量を変えられるよう、最小ロットを課さずにシングルオリジン生豆を卸すフランスのコーヒー専門輸入業者をパートナーとした。

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左:優美な白鳥柄を描いたラテ(5.50ユーロ)。

右:ワイングラスでサーブする、コールドブリュー(手前・5ユーロ)と自家製のフレーバーアイスティー(奥・5ユーロ)。魚型で焼いた小ぶりなパンケーキは一つ(3ユーロ)もしくは三つセット(8ユーロ)で注文できる。

 シンプルだが強い理念を込めて淹れられたエスプレッソは、酸味と苦味が印象深くかつクリアで、後味はすっと爽やか。パリで一般的な濃く苦いエスプレッソとはまるで別物と、近隣の一般客にもすぐに口コミで広がった。

「飛び込みで入店し砂糖を求めるお客さんには、時間をかけて店のスタンスを説明します。そして実際に飲むと納得し、砂糖なしでリピーターとなってくれる。ありがたいですね」

 エスプレッソで提案する豆は常時2種類。一方、「体に優しく、ナチュラルでプレーンなおいしさ」を可能にする抽出はエスプレッソだけではないとも、ジェファンさんは考えている。コールドブリュー、サイフォン、各種のフィルター機器を揃え、エスプレッソと並んで日替わりで提供。アイス系のメニューは口当たりと香りの広がりが良いワイングラスで提供するなど、食器のチョイスも「味」を軸にしつつ、独特だ。

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上左:集中してエスプレッソマシンに向かう店主のジェファンさん。

上右:美しい器具を用いたエスプレッソ抽出の手順を、興味津々で覗くお客も。

下:焙煎豆は手製ラベルをつけて販売。店のイラストをあしらったメタル板のメニュー表は日本人の金属装飾作家・大塚美樹さん(mnoi)の作品だ。

 そんなジェファンさんだが、実は長年エスプレッソが苦手だった。パリ市内のとある独立系焙煎士兼バリスタの店で勧められて飲んだことがきっかけで、コーヒーのおいしさに開眼したのは2018年だという。

 苦手だったからこそ大切に感じ、徹底的に追求できた、コーヒー豆のナチュラルな甘さ。砂糖なしのその味を理解できるだけ、パリジャンのコーヒーへの感性が進化したことも、この店は示唆している。

<カフェ情報>
Café la Lune Verte
60 rue de la fontaine au Roi 75011 Paris
■ https://www.instagram.com/cafe_la_lune_verte/
1ユーロ=約139円(2022年9月現在)
文・髙崎順子(パリ市郊外在住)/写真・吉田タイスケ(Café la Lune Verte)
更新日:2022/9/29
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