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COFFEE BREAK
健康-Health-
乳がんの治療効果をコーヒーが改善する?
女性において罹患率が高い乳がんだが、コーヒーを日常的に飲むことで乳がんの治療効果を改善する可能性があることがわかった。
大切なのはセルフチェックと定期検診
乳がんは、女性が患うがんのなかでもっとも多いがん腫である。乳腺の組織にできるがんで、多くは乳管から発生。乳房の周りのリンパ節や骨や肺など離れた位置にある臓器に転移することもある。
ただし、乳がんは自分で見つけることができるがんでもある。国立がん研究センターのHPには「日ごろから入浴やきがえのときなどに、自分の乳房を見たり触ったりしてセルフチェックを心がけることが大事」と記してある。定期的な乳がん検診も重要だ。近年は検診をきっかけに発見される無症状の乳がんも増えているという。
国立がん研究センターがん対策情報センターの調べによると、乳房ががんに罹患する率(人口10万人あたりの罹患率)は、残念ながら増加傾向にある(図1)。適切な予防や早期治療は、現代の医療において大きな課題となっている。また、罹患した後の腫瘍の縮小および再発の防止も大切だ。
スウェーデンの疫学研究に着目
万が一、乳がんになってしまった場合、手術や放射線治療、薬物療法で治療を進めていくことになる。ところが、コーヒーを日常的に飲むことで乳がんの治療効果を改善する可能性があるという。
この研究に取り組んだのは、慶應義塾大学薬学部で教授を務める多胡めぐみさん。多胡さんは共立薬科大学院薬学研究科博士課程修了後、米国のSt.Jude小児病院研究所James Ihle博士の研究室に留学した。以前はコーヒーの含有成分による抗炎症作用のメカニズムの解明に取り組み、その研究成果はこのWebサイトでも紹介している。 コーヒー豆の焙煎が慢性炎症を抑える?
多胡さんは、スウェーデンで行なわれた疫学研究において「習慣的なコーヒーの飲用が乳がんの原発腫瘍の縮小や再発率の低下をもたらす」という報告に着目した。
「この疫学研究では、不幸にも乳がんになってしまい手術と投薬で治療している人のうち『コーヒーを飲んでいる人の方が飲んでいない人よりも再発しにくい』という報告がありました。どうしてなのだろう? と気になったのです」(多胡さん、以下同)
コーヒーの日常的な飲用は体によい影響を及ぼすことが近年明らかになっている。多胡さんはコーヒーにさらなる可能性を感じ、この疫学研究が示すものを科学的に解き明かそうと考えた。
乳がんの治療薬「タモキシフェン」
乳がんの治療に用いる薬の効果を、コーヒーがより高めているのではないか――多胡さんはそう考えた。
「薬は食べものや飲みものとの組み合わせによって効果が高まる場合もあれば、逆に効果が抑制される場合も知られています。コーヒーと乳がんの治療薬の間にもそういうことがあるのではないかと推測しました」
多胡さんが最初に注目したのは、乳がんのホルモン療法で用いられる一般的な治療薬「タモキシフェン」だ。「乳がんは女性ホルモンの『エストロゲン』によって増殖します。乳がん細胞に到達したエストロゲンの働きを阻害するのがタモキシフェンなんです。抗エストロゲン薬として用いられます」
先に触れたスウェーデンの疫学研究は、初期の湿潤性乳がん(注1)の女性1090人を対象に行なわれたもの。抗エストロゲン薬のタモキシフェンを投与されていた女性のうち、毎日少なくとも2~5杯のコーヒーを飲む女性は、コーヒーの摂取量が比較的少ない女性よりも乳がんの再発リスクが半減したと報告されている。
多胡さんはエストロゲン受容体(ER)陽性乳がん細胞MCF-7(以下、乳がん細胞)を用いて、コーヒーによるタモキシフェンの治療効果改善作用を実証することを目指した。
(注1)湿潤性乳がん:がんが乳管の外の間質にまで広がっているもの。
コーヒー添加で増えたがん細胞の死
実験に用いたコーヒー抽出液は、コーヒー豆の粉末8gを95℃の熱湯140mlでペーパードリップしたごく一般的なもの。カフェインの効き目を検証するために、コーヒーとデカフェコーヒー(以下、デカフェ)をそれぞれ用意した。シャーレに撒いた乳がん細胞に濃度を変えたタモキシフェンを添加し、さらにコーヒーとデカフェもさまざまな濃度で添加(共添加)した。
すると、コーヒーは乳がん細胞の細胞死を顕著に誘導したが、デカフェは細胞死を誘導しなかった(図2)。
「コーヒーとタモキシフェンの両方を添加すると、それぞれを単体で添加するよりも乳がん細胞を殺してくれるという現象が現れました。コーヒーとタモキシフェンの濃度を挙げていくと明確に細胞死が増えましたが、デカフェではあまり変化がなかったんです」
多胡さんはそう振り返る。コーヒーとタモキシフェンの共添加による乳がん細胞の形態変化を見ると、細胞は収縮し、不規則な形状を示した(図3)。
これらの細胞形態の変化は、「アポトーシス」と呼ばれる細胞死を起こした際に認められるものであり、コーヒーとタモキシフェンの共添加によって乳がん細胞のアポトーシスが増えたことが見てとれる。そもそもタモキシフェンはがん抑制因子として機能する転写因子(注2)である「p53」の活性化を介して、乳がん細胞のアポトーシスを誘導することが知られている。
「人間の体内では日々がん細胞が生まれていますが、それでもがんにならないのは、p53が誘導され、『PUMA』や『BAX』といったアポトーシスを誘導する因子の発現を促し、がん細胞の細胞死を誘導しているからです」
多胡さんはコーヒーとタモキシフェンの共添加によってp53がどういう影響を受けるかも調べた(図4)。さらにアポトーシス実行因子であるPUMAとBAXについても検討した。その結果、p53とPUMA、BAXのいずれもコーヒーとタモキシフェンの共添加が発現を促す結果となった。逆にここでもデカフェには顕著な発現は見られなかった。
(注2)転写因子:遺伝子の転写を制御するたんぱく質群のこと。
重要なのはカフェインと「未知の成分」
ここで多胡さんは疑問を抱く。コーヒーは効いて、デカフェは効かないのであれば、コーヒーにだけ含まれるカフェインが重要なのではないか・・・・・・と。
そこで、カフェイン単体での効果を探ったが、タモキシフェンによるアポトーシスの誘導も、p53の発現の誘導にもほとんど影響を及ぼさなかった(図5)。
「カフェインが効いているわけではなかったというこの結果は予想外でした。しかし、私が自分で手がけた他の研究や海外の論文などを見ていると、コーヒーに関してはカフェイン以外の化合物が効果を示すものがありました」
多胡さんはもう一段深くこの機序(メカニズム)を探るため、カフェイン、デカフェ、タモキシフェンを共添加した実験を行なう。つまりデカフェにカフェインを加えることで、コーヒーが総体として効くかどうかを試したわけだ。
すると、カフェインを添加したデカフェは、タモキシフェンによるp53の活性化を促し、アポトーシスを顕著に誘導した。つまり、カフェイン入りのデカフェならば乳がん細胞に関するアポトーシスによい影響があったのだ(図6)。
「カフェイン、そしてデカフェコーヒーに含まれる未知の成分、さらにタモキシフェンが協調的に働くことで、p53を介した乳がん細胞のアポトーシスを誘導する――これが今回の研究でわかったことです」
コーヒーによる乳がんの治療効果
この一連の実験によって、多胡さんはコーヒーを飲むことによってタモキシフェンによる乳がんの治療効果が改善することを科学的に実証した。「乳がんにもさまざまな種類がありますので、エストロゲン受容体(ER)陽性の乳がんならばという条件付きですが、コーヒーがタモキシフェンと協調してp53を活性化させるので乳がんの再発を抑えるという1つのモデルを示すことができたと思います」(図7)
コーヒーががん細胞を直接攻撃するわけではないが、がん細胞に死をもたらす体内のしくみに対してよい影響を与えていることが示唆された。
多胡さんは、p53を介したアポトーシス誘導のメカニズムは他の抗がん剤でも起こりうることと考えている。
「私の研究室では、新しい抗がん剤の開発に結びつくような化合物の発見も手がけていますので、薬と併せてコーヒーを飲用するとより高い効果が得られる――そういう研究もやってみたいですね」
乳がんは怖い病気だが、まだ小さなうちに発見し、治療すれば完治する可能性が高い。日本医師会HPによると、早期に見つかった場合、90%以上は治るそうだ。コーヒーを日常的に飲むことによって、乳がんの治療効果を改善する可能性があるということは、ぜひ覚えておいてほしい。
慶應義塾大学薬学部 衛生化学講座 教授。博士(薬学)。共立薬科大学院薬学研究科博士課程修了。大学院時代は、炎症性サイトカインのシグナル伝達機構の解析を行なう。米国のSt.Jude小児病院研究所に留学。2020年より現職。
図2~7提供:多胡めぐみさん