COFFEE BREAK

インタビュー

インタビュー-Interview-

2022.12.22

戸邉直人(走高跳選手)

競技の前にもコーヒーが欠かせません。

陸上競技走高跳での日本記録保持者である戸邉直人さん。2021年開催の東京五輪では日本勢として49年ぶりの決勝進出を果たしました。そんな戸邉さんの強さの原動力といってもいいくらい、コーヒーは欠かせない存在になっています。

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コーヒーを飲むことが習慣になったスウェーデンでの生活。

「コーヒーの美味しさに目覚めたのは、大学3年生で初めてひとりで海外遠征に行ったスウェーデンでした。トレーニングで指導を受けていた現地のコーチから、3時のコーヒーブレイクに招いていただいたのが始まりでした」
 コーチの名前はステファン・ホルムさん。スウェーデンの陸上選手で、2004年のアテネ五輪・男子走高跳の金メダリストだ。スウェーデンには"フィーカ(FIKA)"と呼ばれるコーヒーブレイクの習慣があり、たいてい午前10時と午後の3時に家族や友人とコーヒーを飲みながら甘いものを食べて語り合う。
「練習の後で、3時のフィーカに呼んでいただきました。コーチのお宅で飲んだコーヒーは程よい苦みでとても飲みやすくて、コーヒーってこんなに美味しい飲み物だったのか! と感動しました。初めてひとりで挑戦した海外遠征で、やっぱり緊張感もあったと思います。そんな僕の気持ちをほぐそうと、コーチはフィーカに誘ってくださったのでしょう。トレーニングとは違う空間で、コーチのご家族も交えて、一緒にコーヒーを飲みながらいろんなお話をしてくれました。コーチと選手というよりもひとりの人間として、友人として彼と向き合うことができたのも嬉しかったです。そんなアットホームな雰囲気があったことが、コーヒーの味をさらに感動的にしてくれたのかもしれません」
 約1か月半の滞在でコーヒーを飲むことが習慣になり、日本に帰る時にスウェーデンのコーヒー豆を買った。自宅で豆を挽き、ペーパーフィルターで淹れて、両親にも振る舞った。
「両親はもともと毎日コーヒーを飲んでいて、僕も時々、一緒に飲んでいたのですが、僕が豆から挽いて、両親に淹れたのはその時が初めてでした。自分としては、大人になった気分でした(笑)。父も母も口には出さなかったけれど、初めてひとりで海外生活を経験してきた息子のちょっとした成長を、喜んでくれたと思います」
 以来、毎日欠かさずコーヒーを飲むようになった。朝食の際に1杯、午前の練習を始める前に1杯、時間があれば3時にもコーヒーブレイクと、1日に3〜4杯は飲んでいる。
「好きな豆のタイプは酸味が強すぎないものですが、いろいろな味の違いを知りたいので、モカのような酸味があるものをあえて買うこともあります。少し前に、エチオピア産のゲイシャという品種を飲んでみたらものすごくフルーティで驚きました。とても好きな味わいですが、貴重な豆なので、毎日飲むというよりは、ブルーマウンテンと同じように"頑張った日に飲むご褒美コーヒー"的な感じで楽しんでいます」

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気合いを入れるのも、リラックスするのもコーヒー。

 幼い頃から体を動かすのが大好きで、小学校ではさまざまなスポーツに挑戦する「運動部」に所属。5年生の時に顧問の先生から走高跳を勧められた。
「それまで陸上競技では走幅跳をやっていて、体育の授業でもクラスで一番遠くまで跳ぶことができていました。それで先生は体のバネやジャンプ力に注目して走高跳を勧めてくれたようです。僕自身は幅跳びのほうが楽しかったのであまり乗り気ではなかったのですが、1回跳んでみたらハマってしまいました。走高跳は、いいジャンプができると一瞬、体がフワッと浮くような、無重力を感じる瞬間があって・・・・・・たとえばジェットコースターに乗っていて一瞬、体が浮くような体験をすると思うのですが、それと似た感覚ですね。無重力感とともに時間も止まったような感覚になり、高く跳べば跳ぶほどその感覚は強くなっていく。その魅力にとりつかれてずっと競技を続けているようなところがあります」
 試合の日や、練習で気合いを入れたい時などは、跳ぶ少し前に多めにコーヒーを飲んで、気持ちに弾みをつけることも。
「自分なりに、競技の前にコーヒーを飲むとパフォーマンスが上がるような気がします。また、気合いを入れるのとは逆の意味合いになるかもしれませんが、気持ちを落ち着かせるために飲むこともあります。試合の日は朝起きた時からソワソワするような緊張感があるのですが、その中でコーヒーを飲む時間が貴重なリラックスタイムになる。試合の前に準備してきた時間のスイッチを一度オフにするような、それで体と心をほぐして試合に向かう準備をするような・・・・・・試合の日にはそんなコーヒーの時間があります。そう考えてみると、競技者としてもコーヒーにたくさん支えてもらっている。僕にとっては本当に大切な存在です」
 2024年のパリ五輪、2025年に東京で開催される世界陸上競技選手権大会と、挑戦は続いていく。
「最高の無重力感を体験することができるように、1日1日、大切にトレーニングしていきたいと思います。また、国内に限らず海外でもカフェ巡りが好きなので、自分が好きなコーヒーの味を見つけられるように、これからもいろいろと試してみたいと思っています」

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PROFILE
戸邉直人(とべ・なおと)

1992年生まれ。千葉県出身。身長194cm。野田市立第二中学校、専修大学松戸高等学校、筑波大学を経て、2019年に筑波大学大学院修了、日本航空に入社。2019年2月、ドイツ・カールスルーエで開催された室内競技会で2m35を記録し、優勝。日本記録を更新した。2020東京五輪の走高跳では日本勢として49年ぶりに決勝に進出。日本では母校の筑波大学、海外ではエストニアのタリンを練習拠点としてヨーロッパで開催される数々の競技会に出場している。大学院ではコーチング学の学位を取得、研究と実践の両立を目指し、実行している。趣味は、観葉植物を育てること。
        
文・牧野容子/ 写真・小澤太一
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