【駐日トルコ共和国大使】
アフメット・ビュレント・メリチ閣下
生活とコーヒーの、深い結びつき。
カフェ文化はこの国から世界へと広がった。
長い歴史をもつトルコのコーヒーは、嗜好品のみならず文化の一部として、
今も日々の暮らしに欠かせないものとなっています。
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鮮やかな芝生の庭に面した大使公邸の広間にて。夫婦は時間があると一緒に散歩を楽しむ。コーヒーブレイクをはさんで2~3時間歩くことも珍しくないのだとか。
トルコのコーヒーといえば、細かく挽いた豆を水から煮立て、上澄みだけを飲むいわゆるトルココーヒーが有名だ。2013年に〝トルココーヒーの文化と伝統〟がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも記憶に新しい。
「トルココーヒーは私たちの毎日の生活に欠かせないものです。16世紀初めにもたらされて以来、コーヒーは今日まで変わることなく我が国の文化の中に浸透しています」
と話す駐日トルコ共和国大使アフメット・ビュレント・メリチ閣下。
「トルコの人たちの多くは仕事をする前にコーヒーを1杯飲みます。朝食でチャイなどの紅茶を飲んでも、それからまたコーヒーを飲んで仕事に行く。私も毎朝飲んでいますよ。日常会話で使う言葉にもコーヒーにまつわるものがたくさん出てきます。たとえば、トルコ語でコーヒーは『Kahve(カフヴェ)』ですが、朝食を意味する言葉は『Kahvaltı(カフヴァルトゥ)』。これは〝コーヒーのもとに〟という意味もあり、朝食とコーヒーが密接に結びついているということがわかるのです」
現在のトルコ共和国の国土を含むエリアに、かつてオスマン帝国と呼ばれた大国があった。オスマン帝国は16世紀になるとその版図を中東一帯に拡大し、現在のイエメン、さらには対岸のエチオピアにまで達した。コーヒー発祥の地・エチオピアからイエメンを通り、オスマン帝国の帝都イスタンブールにコーヒーがもたらされたのは今から500年以上も前のことだった。
「1554年にはイスタンブールにコーヒーを提供する店『カフヴェハーネ』が出現し、カフェ文化はそこからヨーロッパへと伝わっていきました。今でも男性が集まってコーヒーやチャイを飲む場所はカフヴェハーネと呼ばれ、国内の各地にあります」
おもてなしに欠かせない、トルココーヒーは泡が命。
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(上と下左)1890年、トルコの軍艦エルトゥールル号が和歌山県の串本沖で沈没した際に地元住民が乗組員69人の命を救った「エルトゥールル号遭難事件」は、両国の絆を深めるきっかけとなった。公邸内には船の模型や串本の海を描いた絵が飾られている。(下右と中)晩餐会やレセプションが行われる公邸内のスペース。
誕生した当時から作り方はまったく変わっていないトルココーヒー。そのポイントを大使が教えてくれた。
「トルココーヒーはお客様のおもてなしにも欠かせないもので、細心の注意を払って作ります。もっとも大切なのは泡です。鍋でコーヒーの粉と水を煮立てると次第に泡が立ってきますが、けっしてかき混ぜてはいけない。泡を壊さないようにスプーンですくってカップに移し入れるのです。なぜそんなことをするのかというと、コーヒーの細かい泡の中に大切な香りが含まれているからです。トルコではバラの茎を使うこともあります。バラの茎で混ぜると泡の出方もよく、フレグランスの効果もあるといわれているのです」
バラの茎でコーヒーを混ぜるなんて、なかなかおつでしゃれている。それも、コーヒーがトルコ式おもてなしの大切なアイテムだからこそだ。
コーヒーを美味しくいれる。これぞ良き妻の必須条件。
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トルココーヒーは「砂糖なし」「砂糖入り」「砂糖少し」の3タイプでサービスされる。大使も夫人も「砂糖なし」がお気に入り。
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左:コーヒーを煮立てる小鍋(写真上部)は「ジェズヴェ」と呼ばれる。トルコの伝統的なお菓子「ロクム」(写真下部)はもちもちした食感でコーヒーのお供に欠かせない。/右:トルココーヒーは苦めなので、必ず水と甘いお菓子とともに出される。アーモンドを砂糖でコーティングしたアーモンドキャンディも定番のお菓子の一つだ。
さらに、トルコの人々の生活とコーヒーの深い関わりについて、大使夫人が話してくださった。
「ご婦人の集まりに欠かせないのがコーヒー占いです。飲み終わったコーヒーカップをひっくり返してしばらく置き、カップの底に沈殿した粉の模様や形で運勢を占うのです。集まりにはコーヒー占いの得意な方が必ずいて、よく当たると評判の方もいらっしゃるんですよ。お見合いで男性の家族が女性の家に行き、男性の母親が女性のコーヒーのいれ方をチェックするということも普通にあります。美味しいコーヒーをいれることができるかどうかが、花嫁選びのカギなのです」
嗜好品であるだけでなく、生活や儀式にまで浸透しているトルココーヒー。その魅力をさらに日本で広めたいと、さまざまな活動も実施されている。
「海外でトルコの言語や文化について紹介するため、トルコではユヌス・エムレ インスティトゥートという公的機関を有しています。既に世界約40カ所に窓口を持っていますが、新たに東京でも芝公園にセンターが開設されることとなり、トルココーヒーに関連する取り組みも行っています。例えば、2014年からは全日本コーヒー協会と共同で『世界コーヒー文化交流フェスタ』を開催しています」
これは、トルコから世界へと広まっていったコーヒーを通じて、多様な文化への理解を深め、国際交流を促進するもの。各国大使館の協力を得ながら、トルココーヒーやさまざまな国のコーヒーを一堂に楽しめるイベントだ。今年は9月に東京の農林水産省内で行われ、多くの来場者があった。
「日本は私にとって、もはや外国ではありません。結婚して27年になる妻は日本人ですし、大使として着任した今回は2度目の日本赴任です。トルコも日本も東と西の文化を融合させているという点でとても似ていると思います。このような国は他に例を見ないのではないでしょうか。トルコでは『一杯のコーヒーが40年の思い出を作る』と言われます。一緒にコーヒーを飲むということは、深い親交を交わすことに他ならない。コーヒーは必ずやトルコと日本の友好をますます強固なものにしてくれるツールになると思っています」
駐日トルコ共和国大使
Mr. Ahmet Bülent MERiÇ
アフメット・ビュレント・メリチ閣下
1957年生まれ。出身地はアンカラ。アンカラ大学、ハル大学にて政治学や国際関係を学ぶ。国内で財務省、外務省に勤務した後、在イスラエル大使館、在日本大使館、在フィンランド大使館ほかに勤務。2007年より駐シンガポール、駐ウクライナと特命全権大使を歴任。2014年4月、駐日トルコ共和国大使として日本に着任。
Republic of Turkey
トルコ共和国
トルコ共和国主要情報
■ 面積 : 780,576平方キロメートル(日本の約2倍)
■ 人口 : 77,695,904人(2014年)
■ 首都 : アンカラ
■ 言語 : トルコ語
※外務省トルコ基礎データによる
トルコ共和国大使館
Embassy of the Republic of Turkey in Japan
東京都渋谷区神宮前2-33-6
☎03-6439-5700
文・牧野容子 / 写真・大河内禎
更新日:2016/01/05