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COFFEE BREAK
健康-Health-
コーヒーで下がる、脳卒中のリスク。
脳の血管がつまったり破れたりして細胞が死んでしまう脳卒中。コーヒーを飲むことで発症リスクが低くなるという疫学研究が発表された。
急に倒れて意識を失う、半身がマヒする、ろれつが回らなくなる......。このような発作が起きたら脳卒中を疑ったほうがいい。脳卒中とは、脳の血管がつまったり、あるいは破れたりして、その先に酸素や栄養が届かなくなり、脳細胞が死んでしまう病気だ。
脳卒中にかかると、死んでしまった脳細胞がつかさどっていた部分の体がコントロールできなくなるため、体の片側がマヒして寝たきりの状態になったり、飲み物や食べ物が飲み込めなくなる。
リハビリによって、体の機能はある程度回復することもあるが、それは発症後どれくらいの時間でどのような治療を受けたかで大きく変わる。
脳卒中には脳梗塞など3つの種類がある。
脳卒中と一括りに呼んでいるが、実は大きく分けて3つある。(1)脳梗塞、(2)脳出血、(3)くも膜下出血だ。
くも膜下出血とは、脳の表面を覆う膜の1つである「くも膜」の下にある脳動脈瘤が破れ、血液が脳全体を圧迫する病気だ。
脳出血は、高血圧などで脳の血管が破れて神経細胞が死んでしまうことが主な原因だ。
30年ほど前は、脳卒中で亡くなる人のおよそ9割は脳出血によるものだったが、減塩などの生活習慣の改善や高血圧を改善するための治療法が開発され、薬も進歩を遂げたため、脳出血で亡くなる人は少なくなっている。
ところが、その代わりに増えたのが脳梗塞だ。脳卒中で亡くなった人の6割以上が脳梗塞だという。
豊富な指導歴をもつ世界的なサッカー指導者、イビチャ・オシム氏が2007年11月に倒れたのも脳梗塞が原因だ。オシム氏は危篤状態に陥ったものの一命を取り留め、意識も回復したが、半身にマヒが残ったため、当時務めていたサッカーの日本代表監督を辞任しなければならなかった。
脳の血管がつまる脳梗塞は、さらに3つの病に分けられる。
1つめは、頸動脈のような太い血管の内側にコレステロールの固まりができ、そこに血小板が集まって動脈を塞ぐ「アテローム血栓性脳梗塞」だ。
2つめは、脳の細い血管で動脈硬化が起きてつまってしまう「ラクナ梗塞」。脳の中心を走る脳底動脈から、脳の深部組織に血液を供給する穿通枝(せんつうし)がつまるのだ。コレステロールが原因ではなく、血圧が高い人がかかりやすいという。比較的、日本人に多く見られるタイプだ。
3つめは「心原性脳塞栓症(しんげんせいのうそくせんしょう)」。前の2つと大きく異なるのは、心臓の病気でできた血の固まりが頸動脈を通って流れてきて、脳の太い血管につまること。血管につまると脳細胞が広い範囲で影響を受けることになる。死亡率は高い。オシム氏は、長嶋茂雄氏と同様に心原性脳塞栓症だった。
少しずつ進行するアテローム血栓性脳梗塞ならば、側副血行路(そくふくけっこうろ)という迂回路が発達して、そこから栄養血管が生まれる。しかし、心原性脳塞栓症はそうはいかない。「突然倒れて、そのまま放置しておくと命を落とすケースが多いのです」と話すのは公衆衛生学、循環器疫学を専門に研究している国立循環器病研究センター予防健診部医長の小久保喜弘さんだ。
心原性脳塞栓症の原因は心房細動(しんぼうさいどう)が多い。心房細動が全体の3分の2を占め、残り3分の1は弁膜症や心不全である。
「心房細動は不整脈の一種です。加齢とともに増えるため、必然的に高齢になるほど心原性脳塞栓症の危険性は増します」(小久保さん)
「多目的コホート研究」でコーヒーと緑茶を調べる。
脳卒中が恐ろしいのは、終動脈(しゅうどうみゃく)がやられてしまうから。脳や肺、心臓などにある終動脈がつまると、酸素や栄養素が届かなくなり、細胞組織がダメージを受けてしまう。脳卒中とはそういう病気なのだ。
小久保さんは、国立循環器病研究センターに移ってからは、日本では唯一の都市部住民を対象にした疫学研究「吹田研究」で、脳卒中や心臓病の「循環器病」を研究している。
今回、小久保さんたちは、緑茶とコーヒーの摂取が脳卒中の発症にどのような影響を及ぼすのかを調べた。
これは国立がん研究センターと国立循環器病研究センター、全国の11保健所、大学、研究機関、医療機関との共同研究として行なわれている「多目的コホート研究(JPHC研究)」に基づくものである。
1990年にスタートしたJPHC研究は、さまざまな生活習慣とがん、脳卒中、心筋梗塞などとの関係を明らかにして、日本人の生活習慣病の予防に役立てるために行なっている。対象者が14万人を超えるという大規模なコホート研究だ。この研究からはすでに200以上の成果が論文として発表されている。
小久保さんが緑茶とコーヒーに着目したのは、脳卒中発症との関連についての研究がほとんどないからだ。
「海外では緑茶を飲みません。だから研究としての新規性が高い。逆にコーヒーは海外でも広く飲まれているので、日本でコーヒーとの関連が得られれば、同様に緑茶との関連も欧米で考えやすいと考えました」
対象となったのは、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所で、循環器疾患とがんの既往のない45~74歳の8万1978人(男性3万8029人、女性4万3949人)だ。2007年の年末まで追跡した結果、3425人の脳卒中発症を確認した。
まずは緑茶だ。多目的コホート研究の開始時に緑茶を飲む頻度に対して質問した。その回答から緑茶を「飲まない」「週1~2回飲む」「週3~6回飲む」「毎日1杯飲む」「毎日2~3杯飲む」「毎日4杯以上飲む」という6グループに分けて、その後の脳卒中発症との関連を分析した。(図1)
緑茶を「飲まない」グループを基準にすると、脳梗塞のリスクは「毎日4杯以上」飲むグループで14%低い結果となった。
脳出血のリスクは、「毎日1杯」が22%、「毎日2~3杯」が23%、「毎日4杯以上」が35%低かった。
また、脳梗塞と脳出血を含む脳卒中全体では、「毎日1杯」が6%、「毎日2~3杯」が14%、「毎日4杯以上」が20%とそれぞれリスクが低くなることがわかった。
それ以前に行なわれた緑茶に関する先行研究では、「1日に1杯未満」の緑茶飲用を基準にして、「1日に5杯以上飲む」グループにおいて全死亡(がん、脳卒中、心臓病、その他によるすべての死亡の合計)のリスクが15%低くなり、循環器疾患の死亡リスクが26%低いことが報告されている。また、緑茶をよく摂取するグループでは、脳卒中(脳梗塞、脳出血)の発症リスクが低いという報告もある。
今回の研究は、脳卒中発症との関連を大勢の対象者で検討した初めてのものだが、これまでの研究と同じ結果が得られている。
コーヒーの結果は、おおむね予想通り。
コーヒーを飲む頻度に対して質問した回答から、コーヒーを「飲まない」「週1~2回飲む」「週3~6回飲む」「毎日1杯以上飲む」「毎日2杯以上飲む」という5グループに分けて、その後の脳卒中発症との関連を分析した。(図2)
コーヒーを「飲まない」グループを基準にすると、脳梗塞になるリスクは「週1~2回」が13%、「週3~6回」が17%、「毎日1杯」が22%、「毎日2杯以上」が20%低くなる結果となった。
脳出血のリスクは、「週3~6回」が14%、「毎日1杯」が17%、「毎日2杯以上」が18%低かった。
脳梗塞と脳出血を含む脳卒中全体を見ると、「週1~2回」が6%、「週3~6回」が11%、「毎日1杯」が20%、「毎日2杯以上」が19%とそれぞれリスクが低くなることがわかった。
このように、コーヒーを飲むことで、脳卒中の発症リスクがかなり抑えられることがわかった。
この研究結果が発表されると、国内外から、大きな注目を集めることになった。というのも、それまでのコーヒーの先行研究では、結果がなかなか一致しなかったからだ。
たとえば、致死性・非致死性脳卒中とコーヒー摂取に関連は見られないものの、メタ解析によると中程度のコーヒー摂取には弱い予防効果が見られるという報告がある。その一方で、1日に7杯以上のコーヒー摂取は脳卒中との関連性が見られないという研究もあった。
また、近年、スウェーデンで行なわれた研究では、1日に1杯以上コーヒーを飲むと女性の脳梗塞の発症リスクは低くなるものの、脳出血は低くならないという結果だった。
小久保さんたちが取り組んだ今回の大規模なコホート研究は、それらに一石を投じるものとなった。
コーヒーが脳梗塞になぜ予防的なのかについて、小久保さんは先行研究から、コーヒーにはクロロゲン酸があるため糖尿病の予防効果があると考えている。
「糖尿病は脳梗塞の危険因子の1つです。コーヒーを飲むことで糖尿病が改善され、脳梗塞のリスクが低下するのではないかと考えたのです」
緑茶とコーヒーの相互作用に注目。
小久保さんは、緑茶とコーヒーの組み合わせが脳卒中の発症リスクにどう影響するのかも調べていた。
図3は、緑茶とコーヒーを飲んだときの脳出血発症のリスクをグラフ化したものだ。これを見ると、コーヒーを飲まなくても緑茶を飲めばリスクは下がるし、逆に緑茶を飲まなくてもコーヒーを飲めばリスクは下がる。さらに両方飲んでも同じように発症リスクは低下する。
「緑茶ならば1日2杯以上、コーヒーならば1日1杯以上飲むことで、脳卒中の発症リスクが格段に下がったのです」
脳梗塞も同じような結果が得られたが、とりわけ脳出血には顕著な結果が出た。
コーヒーを飲む時間を意識的につくること。
コーヒーを毎日1杯以上飲めば、脳卒中の発症リスクが抑えられることがわかった。私たちはコーヒーとどう付き合っていけばよいのだろうか。
小久保さんは「コーヒーを飲んで病気を治そう、予防しようと、まるでクスリのように飲むのはやめたほうがいいですよ。コーヒーを飲んでいるときは、時間がゆっくり流れるような気がしますよね。コーヒーを味わいながらホッとする『至福なひととき』をもつ。実はそれがいちばん大切なのです」と言う。
近年の研究の結果、コーヒーにはさまざまな効果があることはわかっているが、成分については未だに謎が多い。小久保さんもクロロゲン酸が効いているのかもしれないと考えているが、成分にはこだわっていない。それよりもコーヒーを飲んでリラックスする時間をつくることが大事だからだ。ホッとすることで、免疫力がアップすることがいわれている。
小久保さんは2007年にJPHC研究に基づく成果として、「大豆とイソフラボンが日本人女性の脳梗塞・心筋梗塞発症リスクを下げる」という論文を発表したことがある。
大豆を使った料理の代表は味噌汁だ。しかし、塩分が高いので避けられていた時期もあった。小久保さんも研究前の仮説段階では、「ひょっとしたら味噌汁は循環器病の発症リスクを高めるかもしれない」と考えていたそうだ。
ところが、実際には味噌汁を飲めば飲むほど発症リスクも死亡率も下がるという結果となった。味噌汁に含まれるよい成分や味噌汁の具材が、塩分という悪い面を上回ったと考えられる。また、それ以上に重要なことが食事にはあると小久保さんは言う。
「食事で気をつけなければいけないのは、その人の生活習慣が大きく影響するという点です。味噌汁を多く飲んでいる人は、同時にピザやポテトチップスなどをあまり食べません。そのような正しい食べあわせは、生活習慣病の発症リスクを抑えることにつながります」
味噌汁にはなんとも懐かしく安心する香りがある。それもまた体にいい働きがあるのだろう。
それはコーヒーでも同じこと。たとえば、仕事が忙しくて、大きなストレスを抱えているとする。しかし、そんな日々でも緑茶やコーヒーを飲む習慣をもつことで、無意識のうちにストレスを逃がしているのかもしれない。
コーヒーの味や香りを楽しむ「至福なひととき」を上手にもつこと。それが健康でいられる秘訣のようだ。そんなこだわりをもつのもよいのではと小久保さんは語った。
(こくぼ・よしひろ)
国立循環器病研究センター 予防健診部医長。医学博士。専門は公衆衛生学一般、予防医学、循環器疫学など。大阪の吹田市民を対象にした「吹田研究」を行なっている。数々の国際学会の委員会や国際誌の編集委員も務め、循環器病の予防に尽力。