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COFFEE BREAK
健康-Health-
コーヒー摂取で減る、心拍数と死亡リスク。
コーヒーを日常的に飲むことで肥満を抑制する効果が期待されるという研究論文は過去に発表されている。小誌でも以前、運動前に飲むことによる効果(69号)や脂肪肝の抑制(78号)について紹介したことがある。肥満はさまざまな生活習慣病につながる危険性があるが、特に内臓脂肪が蓄えられた状態がメタボリック症候群となる。
日本でメタボリック症候群の概念が打ち出されたのは2005年。ウエスト周囲径(おへその高さの腹囲)が男性で85cm、女性で90cmを超え、高血圧・高血糖・脂質代謝異常の3つのうち2つに当てはまるとメタボリック症候群と診断される。厚生労働省によると、内臓肥満やインスリン抵抗性・高血糖、血圧上昇といったリスクが集積した病態とされる。食べすぎや運動不足といった生活習慣が関係する「2型糖尿病」のリスクが3~6倍に増えるほか、心血管疾患の発症やそれに伴う死亡のリスクも約1.5~2倍となるそうだ。予防には、食事療法や運動療法、禁煙などの生活習慣を改善する必要がある。体重を5~10%減らすことで、かなりの改善がみられるという。
今回紹介する「コーヒーを毎日数杯ずつ飲むことで心拍数が下がり、死亡リスクも抑制する効果がある」という発表を行なった久留米大学医学部教授の足達寿さんは、以前「コーヒー摂取はメタボリック症候群と負の関連性(改善効果)がある」と報告している。これを起点に仮説を立て、解析したものが今回の研究だ。
世界7カ国研究の1つ、「田主丸研究」とは?
本題に入る前に、今回の研究のもとになる「田主丸研究」についてふれておこう。これは福岡県の田主丸町(*)の住民を対象に、1958年の集団検診から始まったコホート研究だ。アメリカ、オランダ、フィンランド、ギリシャ、イタリア、旧ユーゴスラビア、日本の7カ国による国際共同研究で「Seven Countries Study」と呼ばれている。日本では農村の代表として田主丸町を、漁村の代表として牛深市(現・天草市)を取り上げた。
足達さんは1989年から田主丸研究に携わっている。最初の仕事は「陰膳買い取り調査」に関する地道な作業だった。
「調査対象となったご家族に、朝食、お弁当(昼食)、夜食をすべて一膳ずつ余分につくってもらい、それをプラスチックの容器に詰めて研究室に持ち帰り、大きなミキサーに入れて粉砕します。どのような食事をしているのかを調べるためです。およそ30世帯に1週間毎日通って集めるのですが、先輩たちに『お前はメシをとってこい!』と言われて駆け回りました」(足達さん)
このような経験を積んだ足達さんは今、伝統ある田主丸研究を牽引する立場となっている。
メタボを抑える、コーヒーの効果。
足達さんが「コーヒー摂取はメタボリック症候群と負の関連性(改善効果)がある」という論文を発表したのは2007年だ。これは栄養士と組んで詳細な栄養調査を行なった1999年の結果をもとに解析したもの。そのなかでコーヒーに着目したのは、「代謝異常の塊」と足達さんが言うメタボリック症候群にあった。
「代謝異常の根底にあるのは内臓に溜まった脂肪です。わかりやすく言うと『脂肪肝』の存在があります。脂肪肝にはサイトカインという物質がありまして、これが人体に悪い影響を及ぼすといわれています」
そこで田主丸研究の一環として、コーヒーと緑茶がメタボリック症候群に及ぼす関係を探ったのだ。
図1を見てほしい。これは足達さんたちが解析した、コーヒーと緑茶のそれぞれの飲用量(1日あたり)とメタボリック症候群のコンポーネント数の関係を表したもの。縦軸はコーヒーと緑茶の飲用量(ml)、横軸がメタボリック症候群のコンポーネント数である。
コンポーネント数とは、高血圧や糖尿病を1と数え、これらが複合している場合は2となり、ウエスト径が大きい、高血圧で脂質異常があり、糖尿病などを併発している人を3以上ととらえたもの。0とはメタボリック症候群の兆しが見られない人のこと。
結果は、緑茶が飲用量とコンポーネント数に関係性が見られないのに対して、コーヒーは毎日多く飲んでいる人ほどメタボリック症候群のコンポーネント数が少ないことがわかった。つまりコンポーネント数が「0」の人を頂点に、コンポーネント数が多くなるにつれてコーヒーの飲用量は少なくなる。
「当時は飲用量をコーヒーのカップ数で分けている論文が多かったのですが、私たちは飲用量をmlとして聞き取り調査をしましたが、きれいに結果が出ました。いろいろな項目で補正しても、この傾向は変わりませんでした」
コーヒーを飲むことがメタボリック症候群を改善に向かわせる理由について、「あくまでも仮説ですが、コーヒーに多く含まれるカテキンの作用が考えられます」と足達さんは言う。カテキンといえば緑茶にも多く含まれているイメージがあるが、それは玉露など高級なお茶のことで、実は普段飲む煎茶や番茶にはカテキンはあまり入っていないそうだ。
「コーヒーはデカフェでもよいのです。そのもとになっているのはクロロゲン酸といわれていますが、私たちはそこまで調べていないので推測の域を出ません」
心拍数と死亡率には、明らかに関係がある。
コーヒーをよく飲んでいる人ほどメタボリック症候群のコンポーネント数が少ないという結果をもとに、足達さんは次の解析を考えた。興味深い点は「心拍数」に着目していることだ。しかし、心拍数が高いのはなぜ悪いのか。
「メタボリック症候群の源流には『インスリン抵抗性』があります。これが高くなると交感神経の緊張を惹起し、血圧を上げたり、心拍数が高くなるのです」
高血圧はメタボリック症候群のコンポーネントの1つなので、それをもたらすインスリン抵抗性が強いのはよくない状態。実際に、インスリン抵抗性が強い人の心拍数は多い傾向にある。
「動物学の見地からは『心拍数が多い動物ほど短命である』という定説があります。ゾウは1分間の心拍数が30くらいで長寿ですが、300以上あるマウスは非常に短命ですね」
心拍数と生命予後(**)の関係性に気づいた足達さんは、田主丸町の住民を心拍数別にフォローした。1977年に健康診断を受けた男性590人(40~64歳)のうち、18年間の追跡調査を完了した573人を1分あたりの心拍数ごとに5群に分け、あらゆる原因による死亡率で解析した。その結果が図2だ。
「もっとも長生きするのは心拍数60~69の人たちでした。60未満でも死亡率は少し高いですね。そして70以上になると心拍数の多い人ほど死亡率が高いことがわかります。1回だけの検診にもかかわらず、これほどはっきりとした傾向が出たのです」
足達さんが「Jカーブ」と呼ぶ心拍数と死亡率の関係は、当時の日本ではまだ見られない新しい報告だったので、高く評価された。
343人から心拍数と死亡リスクを推計。
「コーヒーを飲むことがメタボリック症候群を改善の方向へ導く」と「心拍数が高い人ほど死亡率も高い」という2つの論文を発表した足達さんは、さらにメタボリック症候群に関して2つの仮説を立てた。1つは「メタボリック症候群がコーヒーと逆相関するのであれば、メタボリック症候群の人は将来なんらかの病気を発症して死に至ることが多いのではないか」というもの。2つめは「メタボリック症候群の人は交感神経を緊張させるインスリン抵抗性が源流にあり、それで心拍数が多いのではないか」ということだ。これらを掛け合わせることで「心拍数とコーヒー摂取によるメタボリック症候群の予防」という研究ができないか――これが足達さんの着想だ。
「①コーヒー摂取の多い人はメタボリック症候群を抑制する、②コーヒー摂取が多い人は心拍数が少ないはずだ、③コーヒー摂取は心拍数を減らし、死亡率も低めているかもしれない、という三段論法を試みました」
そこで1999年から2014年の年末までの15年間で亡くなった343人を調べた。図3は死亡理由の内訳だ。がんが102人でもっとも多く、次に脳の病気と心血管(心臓の血管)病が48人。そして感染症が45人、その他が69人、不明が79人。死因不明が多いのは、追跡調査の間隔が空いたため。近年は毎年調査するようにしている。
今回は死亡者の母数が小さいため、死因にかかわらず「総死亡」として、心拍数も含めて解析を行なった。心拍数についてまとめたのが図4だ。赤文字部分を見てほしい。心拍数の多い人ほどコーヒーの摂取量が少ない(G1、G2)という結果が出ている。
そして、図5はコーヒー摂取量から見た累積生存率だ。1日あたりのコーヒー飲用量を「20ml未満」「100ml未満」「300ml未満」「300ml以上」の4群に分けて、年齢や性別、エネルギー摂取量、飲酒、喫煙などを補正して多変量解析を行なうと、年齢を重ねるごとに「コーヒーの飲む量によって生存率に差が出ている」ことがわかった。
これらの解析によって、日本の住民検診による研究では、コーヒーの摂取量が多いほど安静時の心拍数が低下し、かつ将来の総死亡に好ましい影響を与える可能性が示唆された。
足達さんが心拍数を解析に含めたのは、死亡との関係性があることがわかっていたからだ。
「繰り返しになりますが、心拍数を管理しているのはインスリン抵抗性です。フィンランドの研究者が『コーヒーはインスリン抵抗性を下げる』という論文を発表しています。コーヒーが抑制するのであれば心拍数も下がるはず。その関係を調べたかったのです」
足達さんたちの仮説通りの結果となり、「習慣的なコーヒー摂取は心拍数を減少させて、全死亡を低下させる」という今回の発表に至ったのだ。
できればブラックで、毎日数杯飲むこと。
今回の結果について、足達さんは「予想通りでした」と話す。
「コーヒーの摂取量をmlで計測していますが、効果があるのはおよそ5カップになります。しかも、コーヒーの摂取量が多ければ多いほど死亡リスクは減る傾向にありました。毎日2~3杯飲むだけで効果がありますし、5杯以上ならもっと効果がある『コーヒーの摂取量が増えると死亡リスクは減る』という量的依存の関係でした」
今後、疾患別の死亡を調べたいという意向を足達さんはもっており、検診を受けた人たちをこれまで以上にフォローしていく考えだ。
「脳・心血管病はメタボリック症候群に関連があります。がんについては、心拍数が多くなると免疫機能が落ちるからではないかと思いますが、はっきりとはわかりません。『コーヒーががんを抑制する』という論文もありますので、興味深いですね」
では、私たちがコーヒーを飲む際に気をつけることはあるのだろうか。
「できれば砂糖やクリームなどを入れずブラックで飲むことをお勧めします。多く飲めば効果はあるとお話ししましたが、なにごとにも適量がありますからね。2~3杯以上飲めばよいと思います」
足達さんも毎日コーヒーを飲んでいるそうだ。
「朝は必ず1杯飲みますし、仕事中も研究室で淹れていただいたものを2~3杯は飲みますから、毎日4~5杯になります。デカフェでもいいので、コーヒーは誰でも手軽に飲めますね」
ただし、メタボリック症候群にならないためには「コーヒーに頼るだけではダメです。運動もするように」と忠告する。
「コーヒーを飲んでいれば大丈夫というわけではありません。おおもとは脂肪肝ですから、それを改善するためには運動と食生活に気をつけることが大切です」
かつて小誌でお伝えしたように、運動する前にコーヒーを飲むと脂肪の燃焼率が高まるという研究結果もある(69号参照)。日常的にコーヒーを飲み、さらに運動する前にも飲むという生活を心がけることが健康体でいられる秘訣のようだ。
久留米大学医学部 地域医療連携講座 教授。医学博士。久留米大学医学部卒業後、同第三内科入局。1989年第三内科疫学研究班にて「田主丸研究」に携わる。2010年から現職。専門領域は循環器疾患の予防と疫学研究。