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COFFEE BREAK
健康-Health-
コーヒーを飲めば認知機能はOK!?
アルツハイマー病と2型糖尿病(注)。いずれも世界的に患者数が急激に増えているやっかいな病気だ。ともに根本的な治療方法はなく、対症療法に留まっている。しかも、両方とも年齢を重ねると発症リスクが高まるうえ、慢性的な疾患である点で共通している。さらに近年、この二つの病気に関連性があることが明らかになりつつある。
ところが、コーヒーを日常的に飲むことでアルツハイマー病と2型糖尿病の発症を抑える可能性があることがわかった。筑波大学生命環境系教授の繁森英幸さんの研究を紹介したい。
(注)2型糖尿病:中高年の発症が多い。遺伝的な影響に加え、食べすぎや運動不足、肥満など環境的な影響があるとされる。
活性酸素を抑える、カフェオイルキナ酸。
繁森さんは、天然物化学と生物有機化学を専門とする研究者だ。大学一年次の授業で極小の有機分子がヒトをはじめとする生物の生命を維持していることに感動してこの道に進んだ。
「例えば、ホタルが光るのも、触るとオジギソウの葉が閉じるのも小さな有機分子の働きです。ヒトにおいてもニンジンを食べると目に良いということが言われていたりしますが、これはニンジンの赤い色素(βカロテン)が生体内でビタミンAとなり、それが目の中でものを見るために必要な有機分子になるからです。このような有機分子(天然有機化合物)を活かし、環境にやさしい植物成長調節剤や農薬の開発、医薬や健康維持にかかわる機能性剤への応用などを目指しています」
繁森さんの研究対象の一つに、アメリカネナシカズラという寄生植物がある。人が紫外線を防ぐためにメラニン色素をもっているのと同じように、植物は葉緑素(クロロフィル)で紫外線を防いでいる。しかしながら、アメリカネナシカズラは寄生している植物から水や栄養素を得ているため葉緑素をもたず白い。どうやって紫外線を防いでいるのか不思議に思って繁森さんが調べると、カフェオイルキナ酸を大量に有していることを見つけた。
「紫外線を浴びると防御応答として活性酸素が出ますが、アメリカネナシカズラはカフェオイルキナ酸で活性酸素を抑えていると思われます」
ところで、カフェオイルキナ酸はコーヒーやサツマイモにも多く含まれているポリフェノール化合物でカフェ酸(最初にコーヒーから見出されたのでこの名前になっている)を有しているのが特徴だ。コーヒーの成分としてよく知られているクロロゲン酸もカフェオイルキナ酸の一種。しかもコーヒーにはアルツハイマー病に効果が期待できるという先行研究もある。そこで繁森さんはカフェオイルキナ酸の予防効果について、分子レベルでの解明に取り組んだ。
毎日の飲食が体に効く「食薬」。
ヒトの体内には30~40の凝集性タンパク質がある。そのうちアミロイドβ(Aβ)の凝集がアルツハイマー病の、ヒト膵島アミロイドポリペプチド(hIAPP)の凝集が2型糖尿病の、それぞれ原因の一つとされている。
「2型糖尿病の患者さんがアルツハイマー病を罹患する可能性は健常者の約2倍も高くなるという疫学的調査のデータがあります。Aβの凝集は主に脳の神経細胞死をもたらし、hIAPPの凝集は膵島のβ細胞死をもたらしインスリン分泌不全を引き起こします。さらに、これらタンパク質の体内における共凝集によって相乗的に悪影響を及ぼすことも報告されているのです」
アルツハイマー病が発症する20~30年前からAβの凝集は始まっていると指摘されていることから、繁森さんはAβやhIAPPなどの凝集を阻害することが予防に役立つと考えた。アルツハイマー病や2型糖尿病は発症してからでは遅い。かといって発症するかどうかもわからないのに、20~30年も前から薬を飲みつづけるのは現実的ではない。
「大切なのは病気になりにくい体をつくること。毎日無理なく摂れる食品成分に予防効果があれば、これに勝るものはない。薬よりも効力は弱いけれども、普通の食べものよりは効力があるものを『食薬』と呼んでいます」
カフェオイルキナ酸の、構造と効果。
今回のカフェオイルキナ酸の研究で、繁森さんは二つの実験を行った。
実験1は、種々の植物由来ポリフェノール化合物についてAβやhIAPPなどの凝集阻害を調べた。その結果、カテコール構造(図2の構造式においてオレンジ色で囲った部分)をもつ化合物であるカフェオイルキナ酸が凝集を阻害することがわかった。
図1は、AβとhIAPPの線維形成を透過型電子顕微鏡で観察したものだ。Aβは24時間経つと多数の線維がつくられる。これが脳に蓄積するとアルツハイマー病の発症原因である老人斑となる。しかし、カフェオイルキナ酸を投与すると右側の画像のように凝集が抑えられる。hIAPPも同様で、カフェオイルキナ酸を投与しておくと凝集が抑えられることがわかった。
実験2は、カフェオイルキナ酸が肝細胞増殖因子(HGF)の産生を促進するかどうかを調べたもの。正常ヒト皮膚線維芽細胞に対するカフェオイルキナ酸の影響を、サンドイッチELISA法を用いて調べたところ、図2のようにHGFの産生を促す結果が得られた。また、コーヒーに含まれるカフェ酸にも顕著な活性が認められた。細胞組織が傷つけられたときに発生するHGFは、ヒトの自然治癒力を高める働きがあると考えられている。
この二つの実験によって、カテコール構造をもつカフェオイルキナ酸は2型糖尿病の予防、アルツハイマー病などの認知機能の改善に貢献できる可能性があることが明らかになった。
コーヒーは、「食薬」の候補。
今回得られた結果を「予想通りでした」と繁森さんは振り返る。
「アミロイドポリペプチド凝集阻害ならびに肝細胞増殖因子の産生促進は、当研究室の先行研究でもカテコール構造を有する化合物に活性が示されていたので、今回顕著な活性が認められたのは予想通り。今後はコーヒーに含まれるポリフェノール化合物を用いて、AβとhIAPPの共凝集のメカニズム解明や実験動物を用いた記憶障害改善効果を調べたいと思っています」
繁森さんは学生の頃にコーヒーを飲みすぎたことがあり、以来20年ほど飲んでいなかったが、自らの研究成果を実証するために飲みはじめ、今では日に3~4杯飲んでいる。
「現在、健康寿命と平均寿命の間に10年ほどの差があります。その差を埋めるカギは、おそらく食べもの。つまり『食薬』が大事です。なかでもコーヒーはその重要な存在になると私は考えています」
筑波大学生命環境系教授。慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。理学博士。北海道大学大学院薬学研究科助教授、筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授などを経て2009年から現職。専門分野は天然物化学、生物有機化学。