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COFFEE BREAK
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血栓をつくりにくい?コーヒーの不思議な力。
血のかたまりが血管に詰まってしまう血栓は、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすやっかいものだが、コーヒーにはこの血栓をつくりにくくする不思議な作用があるという。
のっけから暗い話で恐縮だが、日本人の死因でガンに次いで多いのは心筋梗塞や脳梗塞といった心血管病だ。どちらも血管内に血栓という血のかたまりが詰まって起こる病気である。健康だと思っていた人にある日突然、死をもたらす恐ろしい病いだが、コーヒーにはその元凶となる血栓をつくりにくくする働きがあることがわかったという。
そこで、コーヒーを用いた研究成果を発表した東海大学医学部の後藤信哉教授に話を伺った。
世界の人々がガンよりも恐れている「心血管病」。
「皆さんご存じのように、日本人の死因の第1位はガンですが、欧米の人たちの死因で最も多いのは心血管病です。これは酸素をたくさん必要とする心臓や脳などの特別な血管に血のかたまりが詰まってしまい、組織に十分な酸素が行き渡らなくなって起きる病気です」(後藤教授)
心臓に血液を送っている血管に血のかたまりが詰まると心筋梗塞になり、脳の場合は脳梗塞になる。欧米だけでなく、世界的にも心疾患病が死因の第1位なのだと後藤教授は言う。つまり、日本人がガンを恐れるのと同じように、日本以外の国の人々は心血管病を恐れているのだ。
「われわれ日本人はガンになると大きなショックを受けます。したがって、ガンに効くといわれる食べ物にもとても強い興味を抱きますね。それと同じように、欧米の人たちにとってコーヒーが心筋梗塞や脳梗塞を多少なりとも予防できるというニュースは、とても大きなインパクトがあるのです」
けれども、少し前までは「コーヒーは心筋梗塞になる確率を増やすのではないか」という疑いがあったという。
疫学的に明らかになったコーヒーと心筋梗塞の関係。
その理由を後藤教授はこう説明する。
「心筋梗塞に罹った人のうち、コーヒーを飲んでいた人と飲んでいなかった人の数を単純に比較すると、若くして心筋梗塞になった人は『コーヒーを飲んでいた人が多い』と言われていたんです。なぜかというと、コーヒーだけでなくタバコを一緒に吸っていたからなんです」
最近の研究では「交絡因子」と呼ぶが、コーヒーならコーヒーの影響だけを取り出さなければいけない。タバコとコーヒーを一緒に観察すると悪影響を与えているように見えるが、コーヒー単独ならどうなのかを考える必要があるからだ。
コーヒーとタバコを分離した研究成果が「フラミンガム研究」で発表された。フラミンガム研究とは、アメリカ・マサチューセッツ州ボストンの郊外にある人口3万人ほどの小さな町「フラミンガム」で行われている心血管病に関する経年的で大規模な追跡調査のことである。
「アメリカ政府は、この町の住民の健康状態を1948年から今日まで数十年間追い続けています。なぜなら、政府は第二次世界大戦後に戦争で亡くなった人数よりも心筋梗塞で亡くなった人数の方が多いという事実にショックを受けたからです。そこで、心疾患病を研究してその対策を講じるために、最終的に心筋梗塞になる人、脳梗塞になる人、どちらにもならない人に分けて、どのような生活を過ごしていた人が心筋梗塞になりやすいのかを調べていきました」
その結果、「血圧が高い」「タバコを吸っている」「肥満である」「高脂血症がある」など、心筋梗塞になりやすい因子がわかった。
さらに、生活習慣の中でコーヒーとタバコを分離すると、コーヒーを飲んでいる人のほうが心筋梗塞になりにくいことも明らかになったという。
「フラミンガム研究の前は『コーヒーは心筋梗塞になりやすいみたいだけど、おいしいからね』と飲んでいましたが、実はコーヒーには心筋梗塞の発症予防効果があった。その事実が疫学的に明らかになったので、発表されたときは大きな反響を呼びました」
マウスを用いた実験で、コーヒーの効果を確認。
コーヒーは心筋梗塞の予防にいいという事実はわかったが、その理由はわからなかった。そこで後藤教授のグループは、コーヒーが血のかたまりの出来具合にどのような影響を与えるのか調べはじめた。
まず最初の実験は、コーヒーを飲んだマウスと水を飲んだマウスのどちらが短時間で血のかたまりができるのかを調べるものだった。
コーヒーもしくは水を飲ませる期間は1週間。血のかたまりの出来具合を実験・観察したのは、マウスの精巣の動脈血管だ。
マウスの精巣というのはマウスを生かしたまま引っ張り出せるのだが、精巣のところに血管が見えるので、それをガラスで挟んで顕微鏡で見る。精巣の動脈はまっすぐで、心臓の血管と似ているという利点もある。
また、血栓は血管内のケガをしたところにできるので、動脈血栓のモデルをつくるために精巣の血管に一定のケガをつくる技術も必要だった。
その方法とは、細い糸に塩化鉄を塗って、それを動脈の外側から当てるというもの。FeCl3(塩化第二鉄)を血管に当てると酸化反応を起こして、血管の壁がほんの少し酸化する。これを酸化ストレスと呼ぶが、酸化ストレス刺激を一定量与えたときにどれだけ血のかたまりができるかという実験モデルをつくったのだ。
「それぞれのケージの中にコーヒーもしくは水を入れて、マウスが自由に飲めるようにしました。1週間飲ませ続けたあと、マウスの睾丸を取り出して動脈血管に血のかたまりをつくりました。すると、コーヒーを飲んでいたマウスのほうが、明らかに血のかたまりができにくかったのです」
とてもはっきりとした差が出たと後藤教授が振り返るように、コーヒーを飲んだマウス群は、血のかたまりをつくりにくくする薬を与えたときよりも強い効き目を示したのだ。
「心筋梗塞の再発を防止するアスピリンという薬よりも、コーヒーの効き目の方が断然強かったのです」
最初の実験では、血のかたまりができにくいのはコーヒーの中の何の物質かは特定できなかった。しかし、コーヒーを飲んでいたマウスのほうが血のかたまりができにくかったという事実は確かめられた。
カフェインではない!?予想外の実験結果。
次に後藤教授が目をつけたのは、コーヒーの中の「カフェイン」である。
「コーヒーの中にカフェインが含まれていることは広く知られていますね。カフェインには目を覚ましたり、脈を速めたりする働きがあります。難しい用語を使うと、カフェインは細胞の中の『サイクリックエーエムピー※』という物質を増やすのです」
サイクリックエーエムピーが増えるということは、血のかたまりをつくる血小板という細胞に対抗して血のかたまりをできにくくするということではないか――。こう考えた後藤教授は「血のかたまりをできにくくする物質はカフェインだろう」と考えたのだ。
そこで2つめの実験では、コーヒーに含まれる濃度と同じ量のカフェインを水に溶かしてマウスに与えた。同時に、コーヒーを自由に飲んでいいマウスと水を飲んでいいマウスも用意して1週間飲ませ続けた。
その結果は、予想を裏切るものだった。後藤教授に実験データ(下図)を解説してもらおう。
「カフェインだけを摂取したマウスも水を飲んでいたマウスも、血のかたまりが詰まるまでの時間は15分くらい。しかし、コーヒーを飲んでいたマウスならば45〜60分かかる。これは驚くべき差異です。コーヒーならば血のかたまりができにくくなるのですが、水に溶かしたカフェインだけだとそうはならないのです。不思議でした」
カフェインではない、と言い切ることはできないが、少なくとも血を固まりにくくさせるのはカフェイン単体の作用ではないことを示している。
「つまり、血のかたまりをできにくくするには『コーヒーという液体であること』が必要なのです。カフェインでないのであれば、コーヒーに含まれるカフェイン以外の何ものか、もしくはコーヒーに含まれるカフェイン以外の何ものかとカフェインがセットになることが条件なのかが考えられます。しかし、カフェインだけを飲ませても血のかたまりができにくくならなかったということは『コーヒーの効果は本物だ』ということが鮮明になったのです」
たしかにサイクリックエーエムピーの濃度が上がれば血のかたまりはできにくい。しかし、サイクリックエーエムピーを増やすためには相当高い濃度のカフェインが必要だ。ところが、実際にコーヒーの中に入っているカフェインの量はごくわずか。であれば、コーヒーでこれほどの効果が現れたということは、コーヒーはサイクリックエーエムピーの濃度を上げるだけでなく、血管内皮細胞などに包括的に効いたのではないかと後藤教授は推測する。
物質までは特定できないにせよ、コーヒーには血のかたまりをできにくくする効果があるという事実は、ここでも明らかになった。
心筋梗塞の患者もコーヒーを飲んだほうがいい。
後藤教授は人の血液を用いて、3つめの実験を行った。
人間がコーヒーを飲む前に採血した血と、コーヒーを1杯飲んで採血した血を用意して、血のかたまりができるまでの時間を調べた。すると、やはりコーヒーを飲んだあとのほうが血のかたまりはできにくかった。
「物質の特定はできませんでしたが、人の集団を長期間追いかけた調査(フラミンガム研究)とマウスや人間の血液を用いたこれらの実験からは『コーヒーを飲むと血のかたまりができにくい』という結果が得られたのです」
可能ならばコーヒーの中の成分を特定したいが......と前置きしつつ、後藤教授は「医学としてはこの結果で十分です」と語る。
「患者さんや一般の人に向けて『成分が何かはわかりませんが、コーヒーを飲んだほうが心筋梗塞にはなりにくいです』と確信を持って言うことができるからです。心筋梗塞の患者さんには、昔は『コーヒーはダメです』と言っていたのに、今は『コーヒーは朝と夜くらい飲んでもいいですよ』と言える。これはとても重要なことです」
コーヒーが好きな人は多い。だからこそ罪の意識を感じながらも飲むのと、体にいいと言われて飲むのとでは雲泥の差がある。心筋梗塞を起こした患者は、病後にどういう生活を送ればいいのか不安だ。タバコを吸ってもいいのか、お酒を飲んでもだいじょうぶかといったさまざまな疑問に対して「コーヒーは飲んだほうがいい」と自信を持って言うことができるのは大きな進歩だと後藤教授は語る。
「いったん広まってしまった知識に対して、普段あまり勉強しないでいると『コーヒーは心筋梗塞によくない』と思い込んだままになってしまいます。これほど明確な結果が出ているのに、今でも『コーヒーは飲まないほうがいいですよ』と言っている医者がいるかもしれません。その意味では、こういった冊子を通じて最新の正しい知識を広めることは意義あることですね」
心筋梗塞は朝に起こる。だから目覚めのコーヒーを。
最後に後藤教授は興味深いことを教えてくれた。
「人間はストレスがかかると血が固まりやすくなります。血のかたまりをつくりやすくする血小板は、交感神経が緊張したときに発生するカテコラミンという物質を受けると反応性が高くなって、より大きな血のかたまりを短期間でつくりやすくなるのです」
理由は極めて合理的だ。古来、人間にストレスがかかるときは敵と戦う、もしくは猛獣と対決するという場面だった。傷ついて出血する可能性が高い。だから止血しやすくするメカニズムがあるのだ。
ただし、ストレスは概して体に悪い影響を及ぼすものだ。
「実は、朝起きたときがもっとも心筋梗塞になりやすいのです。朝、昼、夜で比べたら圧倒的に朝が多い。ゆっくりと休んでいた体を動かさなければならない目覚めが、人間にとって大きなストレスなのです。だからこそ『朝起きたときにコーヒーを1杯飲む』という行為は道理にかなっています。血のかたまりをつくりにくくすることにもつながるのですから」
1日のはじまりにゆっくりと味わうモーニングコーヒー。それが心筋梗塞の予防にもつながるのであれば、ぜひ毎朝の習慣にしたいものだ。
東海大学医学部内科学系(循環器内科学)教授。医学博士。1986年慶應義塾大学医学部卒業。1992年から1996年アメリカ・カルフォルニア州スクリプス研究所に勤務。1996年からは東海大学医学部に移り、2007年より現職。