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毎日3~4杯飲むコーヒーが、脳卒中による認知機能低下を防ぐ?
脳の血管がつまる、あるいは破れることから酸素や栄養が届かなくなり、脳細胞が死んでしまう「脳卒中」。その脳卒中を発症することで起きる認知症を「血管性認知症」と呼ぶが、コーヒーを毎日3~4杯飲むことで発症後に起きる認知機能の低下を防ぐ可能性があることがわかった。その研究を紹介する。
死因順位は下がったけれど、まだまだ多い脳卒中患者
人間の体のさまざまな働きを制御する脳は、いうまでもなくとても大事な器官だが、その脳の血管がつまったり、あるいは破れたりして起きるのが「脳卒中」だ。脳卒中には、血管がつまって起きる「脳梗塞」、血管が破れて起きる「脳出血」と「くも膜下出血」の3つがある。いずれも、体の片側の麻痺、言語や意識の障害などが起きる病気だ。片方の手足や顔半分に麻痺やしびれが起きる、ろれつが回らなくなる、力はあるのに立てない・歩けない、片方の目が見えない、経験したことがないような激しい頭痛が起きるなどの症状が起きた場合、脳卒中を疑う必要がある。
脳卒中は「脳血管疾患」とも呼ばれ、戦後は長いこと死因の第1位だったが、医学の目覚ましい進歩によって近年は順位を下げた(図1)。厚生労働省の2021年(令和3)人口動態統計月報年計(概数)によると、第1位は悪性新生物<腫瘍>、第2位は心疾患(高血圧性を除く)、第3位は老衰で、脳血管疾患はそれらに次ぐ第4位である(図2)。
しかし脳卒中は、死因の順位こそ下がったものの、それは病気にならないように取り組む「予防医学」や脳卒中を発症した直後の「急性期」における血管内治療などが進歩したためで、患者数はまだまだ多い。国立研究開発法人 国立循環器病研究センターは、2020年1月~12月の脳卒中入院患者数を17万8083人と発表している。
「カナダの報告によると、2038年までに脳卒中の生存者の割合は現在よりも80%程度増加すると考えられています。高齢化が著しい日本でも生存者割合は今後ますます増えると思います」
日本医科大学大学院医学研究科 神経内科学分野 准教授の須田 智さんはそう語る。須田さんが「コーヒーの摂取習慣が脳卒中の長期的な認知機能に与える影響」について研究した背景には、医学の進歩によって助かる命が増える一方、脳卒中の急性期を乗り越えた後の患者の治療やケアがさらに重要になると考えたからだった。
周囲も見過ごしてしまう、脳卒中後の認知機能障害
須田さんは、医師として働きはじめて派遣された地方の病院において、脳卒中を含めた脳神経内科の患者を診る機会が多かった。
「その病院では脳卒中の患者さんがとても多かったんです。脳卒中後に起きる認知症も含めて多くの人が苦しんでいるのなら、自分の力でなんとかしたい。そう思って脳神経内科を選びました」
須田さんが勤務している日本医科大学付属病院は、脳卒中ホットラインを開設し、脳卒中での入院を受け入れている全国でも屈指の病院だ。カテーテル治療や血栓溶解療法を行なうことで、昔であれば亡くなってしまったり重い後遺症を残してしまったりする人もかなり救えるようになったが、須田さんにはまだ気がかりなことがあった。
「脳卒中の患者さんは、一命をとりとめても麻痺などの後遺症によって生活に支障をきたすことが多いのでそちらに目が向きがちですが、実は麻痺以外にも認知機能障害やうつ病など脳卒中後に起きる重篤な症状があるんです。特に認知機能障害については、ご本人だけでなく周囲の人も『もう年だから、そういうこともあるよね』とつい見過ごしてしまいがちです」
認知機能障害とは、記憶障害、言葉が出てこない失語、服が着られなくなるなどの症状を指す。そうしたことがひどくなり、生活するうえで大きな支障のある状態が認知症とされる。認知症でもっとも多いのはアルツハイマー型認知症だが、その次に多いのは脳卒中による「血管性認知症」だ。
「最近の報告によると、脳卒中後に起きる認知症の割合は年率5~10%に上ります。脳卒中の再発頻度が年率2~4%なので、それを上回っているんですね。しかし、本邦の発症頻度や予知因子についてはほとんど研究されていません」
昔ならば亡くなっていた脳卒中患者も救うことができるようになったのは素晴らしいことだ。その半面、助かる命が増えることはすなわち認知機能障害に苦しむ人が増えることでもある。
脳卒中を発症した患者に尋ねた、コーヒー摂取の習慣
急性期の患者の命をどうやって救うのかを探究しつつ、同時にその後に続く生活も考える必要があると須田さんが目を向けたもの。それが「コーヒー」だった。
「コーヒーと疾病に関する研究は、かなり基礎的な部分から行なわれていますね。コーヒーの摂取習慣に脳卒中の発症を抑える働きがあることは、大規模な疫学研究で明らかになっています。また、神経細胞死の抑制や神経細胞突起の形態を保持するなどの効果があることも報告されています。コーヒーに関するそれらの先行研究を念頭に置きながら、実際に脳卒中の患者さんを診察・治療する臨床研究ならばどういう結果が出るのだろうかと考えました」
コーヒーを摂取する生活習慣が脳卒中の重症度と関連があるのか、また脳卒中後の認知機能障害に関して急性期と慢性期への影響と関係性を明らかにするため、脳卒中を発症して日本医科大学付属病院に入院した患者のうち、本人もしくは家族から研究への参加に同意を得た906人を対象に解析した(2018年12月~2020年11月末)。
コーヒーの摂取習慣に関しては、患者本人もしくは同居の家族から1日あたり「1杯未満」「1~2杯」「3~4杯」「5杯以上」に分けて聞き取りを行なった。脳卒中の重症度については、代表的な評価方法「NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)」を用いた。また、認知機能については「MMSE(Mini-Mental State Examination)」と「MoCA-J(Japanese version of MoCA)」の2種類の検査で評価した。MMSEは30点満点のうち23点以下だと認知症が、27点以下は軽度認知障害が疑われる。MoCA-J は30点満点で25点以下が軽度認知機能障害と疑われるものだ。
結果が良好だったのは、1日「3~4杯以上」飲む人たち
須田さんの臨床研究は、脳卒中を発症して入院した直後(急性期)と発症から1年後に外来で診察したときの2回にわたり進められた。まずは入院直後(1週間程度)の急性期患者に対するNIHSSスコアとコーヒーの摂取習慣を調べた。するとコーヒーを1日あたり「3~4杯」「5杯以上」飲む群は「1杯未満」「1~2杯」飲む群よりも重症度が低い傾向が出た(図3)。
さらに急性期患者の認知機能を評価した。MMSEの場合、コーヒーを「3~4杯」「5杯以上」飲む群が「1杯未満」「1~2杯」飲む群よりも24点未満(認知機能障害が起きていない)の割合が有意に低かった。MoCA-Jの場合、コーヒーを「5杯以上」飲む群が「1杯未満」「1~2杯」飲む群よりも26点未満(認知機能障害が起きていない)の割合が有意に低かった(図4)。
次に、発症から1年後に外来で診察した258人を対象に認知機能を評価した。
MMSEの場合、認知機能障害が起きていない人は1日あたり「3~4杯」「5杯以上」飲む群の方が「1杯未満」「1~2杯」飲む群よりも明らかに多かった(図5)。
MoCA-Jについては、26点未満(認知機能障害が起きていない)の割合では差がなかったが、カットオフ値(範囲を区切る値)を24点にして評価し直したところ、認知機能障害が起きていない人は1日あたり「3~4杯」「5杯以上」飲む群の方が「1杯未満」「1~2杯」飲む群よりも明らかに多いという有意差が出た(図6)。
以上により、コーヒーを1日あたり「3~4杯以上」飲む人たちは1日あたり「1~2杯以下」しか飲まない人たちに比べて脳卒中の重症度が低いうえ、脳卒中後に認知機能障害を起こす割合も少ないという結果が出た。
たとえ発症しても、コーヒーにはポジティブな影響がある
「日常的に摂取する食べものや飲みものが疾病の発症を予防するという研究はいろいろありますが、発症したとしても重症度を下げる、その後の合併症を予防するという研究はあまりないはずです。コーヒーを毎日3~4杯以上飲む習慣があれば、たとえ脳卒中を発症したとしても、重症度を下げ、認知機能障害もある程度抑えられるというポジティブな影響を併せもっているのかなと思いました。もちろん発症しないことがいちばん望ましいですけれど」
須田さん自身、毎日少なくとも3杯は飲むというコーヒー愛好家でもあり、今回の研究結果はうれしかったし、安心したと語る。
今後は、もしチャンスがあれば、コーヒーを飲むと重症度が下がるという要素を補整してもコーヒーが認知機能障害をしっかり抑えるのかどうか多変量解析に取り組みたいと須田さんは言う。また、脳卒中を発症してから5年後、10年後といった、さらに長いスパンでの認知機能障害とコーヒー摂取習慣の影響についても研究できればと考えているそうだ。
日本医科大学大学院医学研究科 神経内科学分野 准教授
テキサス大学ヒューストン校 神経内科 ポストドクトラルフェロー、日本医科大学大学院医学研究科 神経内科学分野 講師を経て2021年10月より現職。日本脳循環代謝学会 幹事、日本神経学会 代議員などを務める。
図3~6 提供:須田 智さん
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