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COFFEE BREAK
インタビュー-Interview-
小平奈緒(平昌五輪金メダリスト)
コーヒーは、私の心と身体の健康の味方です。
2018年の平昌五輪でオリンピック日本女子スピードスケート史上初の金メダルを獲得し、長く第一線で活躍を続けた小平奈緒さん。人生の転機となったオランダ留学の日々を支えていたのは、仲間と一緒に毎日飲んだコーヒーでした。
練習の後、仲間とカプチーノを飲むのが毎日のルーティン。
「2014年のソチ五輪の後、練習拠点をオランダに移し、2年間、滞在しました。それが、私の人生の大きな転機になりました」
オランダ北部の都市、ヘーレンフェーンに本拠を置くプロチームで活動しながらの一人暮らし。コーヒーを毎日飲む習慣ができたのも、この時だった。
「オランダ語でコーヒーは"koffie"ですが、もう一つ、口語でよく使われる言葉に"バッキー(bakkie)"があります。コーヒーそのものというよりも、コーヒータイムを表すような言葉なのですが、毎日、練習が終わると、チームのみんなが"バイバイ"ではなくて、"バッキー"。一緒にカフェに行ってコーヒーを飲みながらその日の練習を振り返る、という集団のルーティンがあったのです。チームに一つ、バッキー用のお財布があり、みんなでバッキー貯金をして、そこから毎日のコーヒー代を出していました。飲むのは圧倒的にカプチーノ。私はそれまでカフェオレしか飲んだことがなかったので、エスプレッソにクリーム状に泡立てた牛乳を加えた濃厚なカプチーノは初めて。エスプレッソがとても美味しく感じられて、毎日楽しみに飲むようになりました」
バッキーは、貴重なオランダ語のレッスンタイムでもあった。チームメイト全員がオランダ語の先生になってくれたのだ。
「私はいつも小さいノートとペンを持ち歩いていて、バッキーの時はそれをテーブルの上に置いておくのです。すると、仲間がその場で"ナオに覚えてもらいたいオランダ語"をノートに書き込んでくれます。たとえば、"lepeltje"(ティースプーン)という単語が書いてあったとして、私はテーブルの上にあるものの中から見当をつけて、それを手にとってみんなに見せる。砂糖をとって"違う"と言われ、お皿をとって"違う"と言われて(笑)。そんな風にして毎日、単語を覚えて、半年くらい経った頃にはオランダ語がほぼ理解できるようになりました」
言葉がわかるようになると、新たな気づきがあった。ある日、練習中に所属していたオランダのチームのMarianne Timmer (マリアンヌ・ティメル)コーチから「ナオはどうしたいのか」と聞かれ、答えに困ってしまうということが。
「その時に、それまでの自分は、指示をされてそれに従うのに慣れていたのだ、ということに気づいたのです。自分の意見を持たず、考えることもやめていたのだとわかって、とてもショックでした。そして、そこから"自分はどうしたいのか"を口に出していいのだということがわかってきたのです。それからは、自らの意思をしっかりと相手に伝えるようになって、自分の中でも自信が徐々に深まっていきました」
オランダ留学を終えて帰国すると、大学の1年時から指導を受けている恩師の結城先生から「物事に対する理解や思考が劇的に変化して、言葉が深くなった」と驚かれた。そして、その直後の2016年/2017年シーズンから、スピードスケート女子500メートルでの快進撃がスタート。2018年の平昌五輪の金メダルを含む、国内外大会37連勝という大記録を打ち立てた。
「オランダは私にとって第二の故郷。スケート選手としても、一人の人間としても、大きく成長させてもらったと思っています。そんな日々に、いつもコーヒーがありました」
お米と同じくらい大切なのが、コーヒー豆。
日本に戻ってきてからは、豆から挽いたコーヒーの美味しさに徐々に目覚め、ブラックで飲むのが当たり前になった。家では手挽きのコーヒーミルを使い、ペーパーフィルターで淹れている。
「いろんな豆を試してみて、自分では中深煎りが好きだなと思っています。ブラックにはまるにつれて、ミルの挽き具合もいろいろと試してみたくなり、フランス製、ドイツ製などと買っているうちに、今では手挽きが4台、電動が1台になりました。海外遠征に行く時は、ハンドルの部分が折りたためるタイプのミルを愛用していました」
どこへ行っても自分で淹れたコーヒーが飲みたい。だから、遠征にはコーヒーミルとドリッパーが欠かせない。もちろん豆も。
「私にとってはお米と同じくらいコーヒー豆が大事なので、お米とコーヒー豆は、日本から持って行っていましたね。美味しさはもちろんですが、私は現役時代からコーヒーポリフェノールの効果にも注目していました。アスリートのパフォーマンスに影響を与えるという意味で、適量を飲んでレースに向かうというのは効果的だと思います」
身体に効果的に取り入れるという意味で、現役を引退した現在も、そのスタンスは変わらない。
「コーヒーの香りが集中力を高めてくれることもあるので、今は仕事の30分前に飲むことが多いですね。1日に午前と午後1杯ずつ、が平均です」
2022年11月から信州大学の特任教授に就任し、キャリア形成や健康科学に関連する講義を担当。さらに、所属する相澤病院の仕事を始め、講演、トークイベント、地域での活動など、新たな世界で多忙な日々が続いている。
「これからは多くの人と関わりを深めながら、新しい自分を作り上げていきたいなと思っています。社会人としても健全な身体作りは大切なので、トレーニングもしますし、コーヒーも取り入れます。また、私にとって、コーヒーは身体だけでなく心の健康にもいいので、コーヒーを飲める時間の余裕を大切にしたいと思っています。たとえば、"3時になったらコーヒーを飲む"というのを目標に仕事を頑張って、時間を決めて休む。そしてコーヒーを楽しんで、またスイッチを入れて頑張る、みたいな。今はそんな感じでコーヒーと付き合っています」
小平奈緒(こだいら・なお)
長野県芽野市出身。3歳からスケートを始め、信州大学在籍時代より結城匡啓コーチに師事する。卒業後の2009年より相澤病院に所属。2010年、バンクーバー五輪女子チームパシュートで銀メダルを獲得。2018年平昌五輪、女子500メートルでオリンピック日本女子スピードスケート史上初の金メダル、1000メートルでは銀メダルを獲得。2016年/2017年シーズンより国内外の大会で37連勝を記録するなど、第一線で活躍を続ける。2022年、全日本距離別選手権大会500メートルでの優勝をもって現役を引退。現在は信州大学特任教授を始め、講演活動、子供のスケート教室など地域活動にも取り組んでいる。