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COFFEE BREAK
インタビュー-Interview-
川口俊和(小説家・脚本家・演出家)
コーヒーが、世界中の人々と僕をつないでくれている。
小説デビュー作『コーヒーが冷めないうちに』が、全世界で大ベストセラーとなっている川口俊和さん。中学時代、受験勉強のお供として飲み始めたコーヒーが、今では"人生の夢を叶えてくれた、唯一無二の存在"になりました。
小説を書いた後で、焙煎にも挑戦。
小説『コーヒーが冷めないうちに』の始まりは舞台の脚本だった。その公演にたまたま足を運んだ出版社の編集者が「この話を小説にしてみませんか」と声をかけたことで、川口さんの運命が大きく動いたのだ。2015年12月に出版された小説は2017年1月に本屋大賞にノミネートされ、同年3月には続編も出版。2018年には映画化され、今や全世界でシリーズ累計320万部を突破する大ベストセラーに。
今年3月にはシリーズ5作目も出版となり、コーヒー愛好家や喫茶店愛好家からも支持を得ている作品である。だが、実は川口さん自身、舞台の脚本を手がけた時はコーヒーに強いこだわりはなかったという。
「もともと喫茶店が好きですし、コーヒーもよく飲んでいましたが、豆の種類や淹れ方を気にしたことはありませんでした。ところが、『コーヒーが冷めないうちに』の舞台脚本を書いている頃から、味の違いが少しずつ気になり始めたんですよ。小説を書き終えた頃には自分で豆を挽いてみたくなって、気が付いたらミルを買っていましたね。一時期はハンドロースターみたいな道具を使って自家焙煎にもはまったんですが、これがかなり難しくて。何度やっても満足できる味にはなりませんでした。でも1回だけ、奇跡的にほどよい苦味の素晴らしい仕上がりになったんです。
焦がさないように、じっくり30分くらいローストすればいいのかとコツをつかんだので、同じ豆でもう一度やってみたんですが、なぜか味の再現ができない。そこで自家焙煎は諦めました(笑)。ただ、一連のチャレンジで、同じ豆であっても焙煎の仕方でかなり味が違うことが分かりました。もうひとつ驚いたのが、焙煎直後に挽いた豆にお湯を注ぐと、ものすごく豆が膨らむこと。お湯を注ぎながら、わぁ、こんなに!?思わず声を上げたほど感激しました」
今は焙煎された豆を買い、飲む時は1杯分ずつミルで挽いてハンドドリップで淹れている。豆の種類は決めず、その時のフィーリングに合ったものを選び、美味しかったら続けて買うというスタイルだ。
「時々、お店の人に勧められた豆で驚くほどフルーティなものがあって、あれにはびっくりさせられます。砂糖が入っているわけでもないのに、なんでこんなに甘い香りなんだろうって(笑)」
コーヒーは昔から、集中力を上げるスイッチだった。
家でコーヒーを飲むタイミングは、たいてい執筆の前。コーヒーを飲みながら仕事のスイッチを入れるのだ。
「家ではパソコンに向かっていますが、外に出ている時は、言葉や文章を思いついた時に書いておかないと忘れてしまうので、スマホでメモを取るような形で原稿を書いています。空き時間に喫茶店に入ることが多く、そこでもまずコーヒーを飲んでからスマホで原稿を書く、というパターンです」
1日に飲むのは平均2杯だが、週に3、4日通っているジムでのコーヒーは"別腹"になる。
「まず家で1杯飲んでからジムに向かい、ジムでトレーニング中にも飲みます。夏場は自分で淹れたコーヒーを数杯分冷やしておき、持っていきます。トレーニングの前や途中で飲むのも執筆前と同じで、集中力が高まるような気がするんですよ。よくよく考えてみると、コーヒーを飲み始めたのは中学時代で、受験勉強を始めた頃でした。当時はインスタントコーヒーでしたが、勉強にとりかかる前に飲んでいたので、以前から無意識のうちに、コーヒーで集中力のスイッチを入れていたのかもしれません」
現在、シリーズ第5弾まで出版されている『コーヒーが冷めないうちに』は、世界36ヶ国語に翻訳、紛争地域を除くほぼ全世界の国と地域に流通している。国を問わず多くの人の心に響いている作品だが、特にイタリアでの人気が高い。コロナ禍以降に50万部を突破し、昨年は現地書店でのサイン会に招かれたほどだ。
「ロックダウン中に知り合いに勧めたり、勧められたりした機会が多かったと聞きました。実際、サイン会に何冊も持ってきた方がいて、知り合いに勧めるんだと言っていたんですよね。この小説は、喫茶店で出される1杯のコーヒーをきっかけにして人と人が過去に戻り、会うというだけの話です。そこが人との交流が絶たれた当時、あの人にもう一度会いたいという切なる願いの高まりから、多くの人が作品に心を寄せてくれたのかもしれません。コーヒー好きのイタリア人なので、身近な飲み物だったのもあると思いますけどね。イタリア滞在中は行く先々でコーヒーが出てきたので、日本での平均を大きく上回って、1日4、5杯は飲んでいましたから(笑)」
翻訳版の出版を契機に世界のファンと触れ合ったことで、川口さんは今、"コーヒーは、世界共通の記号のようなものだ"と、改めて噛みしめている。
「コーヒーを飲みながらほっと一息ついたり、ゆっくりと自分を振り返ってみたり、誰かのことを考えてみたり。コーヒーを通して一人ひとりが持っている思いや記憶は言語が異なっていても共通で、そこに僕の作品を重ねてくださっているのかもしれません。ただ、脚本を書こうとしてひらめいたタイトルの『コーヒーが冷めないうちに』が、ここまで多くの方々に知ってもらうことになるとは想像もしていませんでした。当時の僕は、自分の芝居をいろんな人に観てもらいたいという夢は持っていましたが、アルバイトをしながら舞台制作をする一介の演劇人。こんなにも世界に広がるとは・・・・・・。 僕の人生の夢を叶えてくれたコーヒーは、大切な宝物です」
川口俊和(かわぐち・としかず)
大阪府茨木市出身。1971年生まれ。小説家・脚本家・演出家。舞台『コーヒーが冷めないうちに』で第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作の小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に国内映画化。ハリウッド映像化も決定している。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeでも活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレ、サウナ、シーシャ。モットーは「自分らしく生きる」。
川口俊和著
サンマーク出版 1,540円 (10%税込)(2023年3月発売)
『コーヒーが冷めないうちに』シリーズ第5巻となる最新作。とある町の、とある喫茶店の、とある座席には不思議な都市伝説があった。その席に座るとその席に座っている間だけ、望んだ通りの「時間」に移動ができるというのだ。ただし、そこには非常に面倒くさいルールがあった。結婚を許してやれなかった父、バレンタインチョコを渡せなかった女、離婚した両親に笑顔を見せたい少年、名前のない子供を抱いた妻・・・・・・。それぞれ、止まってしまった「今」を未来へと動かすために過去に戻る、4人の男女の物語。